Trial Trip 〜ある冒険者たちの軌跡〜


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1.自己紹介代わりの一冒険

 アステリアお嬢様が『冒険者』となった理由を、従者である私から詳しく言葉にする事は致しません。旅を続けざるを得なくなった、とだけ言っておきましょう。
 それ自体は不幸なことであったのですが、不幸中の幸いにも、お嬢様は冒険者として生きていくだけの能力を持ってみえました。それは自分たちで片付けられる依頼であるかを判断する聡明さであり、剣呑な依頼であっても片付けられる武力であり、他の冒険者たちなどと上手いこと付き合っていく魅力でありました。
 ですが個人として優れていても、どうしてもやれる事は限られてしまいますし、危険も付き物です。ですので冒険者は小集団、いわゆるパーティーを組みます。1人目の仲間は、僭越ながら私です。私は使用人ではありますが、同時に護衛でもありましたので、お嬢様と共に冒険者として生きていくのは難しい事ではありませんでした。
 しばらくは2人でやっていたのですが、ある一件からもう1人、パーティーに引き入れる事にしました。私たちが冒険者となる前から見知っていた、ナイドという冒険者です。彼を含めた3人が、現在のお嬢様のパーティーとなります。
 申し遅れました、私はカティアと申します。冒険者の中では“従鬼”のカティア、などと呼ばれる事もある、自分で言うのもなんですが、ちょっと名の通った冒険者だったりします。

 アステリアお嬢様は、武術にも魔術にも秀でた、稀有な才能をお持ちでした。それぞれ単体でも十分強いのですが、お嬢様はさらに『魔槍術』という、両方の能力を必要とする戦闘術を身に付けるに至りました。それにより、距離の遠近問わず、範囲の広狭問わず、あらゆる相手を撃破しうる攻撃能力を手に入れています。お嬢様のパーティーの最大火力は、間違いなくお嬢様自身です。
 お嬢様が最大火力ならば、最大防衛力は私です。私が修めたのは徒手空拳でも行使できる格闘術と、『練気術』と呼ばれる、少々特殊な魔術……まあ、魔術です。得意なのは、『練気術』による自己の肉体強化、それにより向上した踏み込みの間合い内の物を全て文字通り叩き落す護衛術です。
 ではナイドの能力は何かと言えば、本人に言わせれば危機察知能力、です。罠や不意打ちなどといった搦め手をことごとく封殺し、どんな相手でも、お嬢様や私が得意とするフィールドに引きずり出されるという、味方の私が言うのもなんですが性質の悪い能力です。

「発見した。弓持ちのゴブリンが1体。見張り兼狙撃手だろう。まだ向こうには見つかっていない。」
 周囲に気を配っていたナイドが小声で言いました。さっそく彼の能力が発揮されたようです。
 現在、私たちは依頼を受けている最中です。その内容は一言で表せば『山賊行為をしている妖魔の殲滅』です。この世界における妖魔とは、ゴブリンやコボルドやオークなどといった、姿も性質も醜悪な種族です。しかし推定ゴブリンシューターが山賊行為の見張り役とは、上位のゴブリンか別の妖魔もいそうですね。
「さすがに発見が早いね。……ああ、ようやくわたしにも場所が分かったよ。ちょっと見づらい場所にいるけど、ゴブリンシューターで間違いないね。これは裏に上位の相手がいそうだけれど、とりあえず落としておいた方がいいかな?」
 お嬢様も敵を捕捉し、正体も特定ですね。
「そうだな、狙撃手を残しておいても後々面倒になるだけだろう、他の奴に気付かれる可能性があるとしても落としておいて損は無いだろうな。」
 ナイドが同意しました。
「オッケー、じゃあカティア、お願いしようか。」
 お嬢様に呼ばれた理由は分かっています。
「はい、視覚強化ですね。では、少々失礼します。」
  ――練気術・視覚強化!
 私は指でお嬢様のこめかみに触れ、身体を強化する魔力――練気術的に表現すれば気ですが――を通しました。
「よし、これだけ見えれば問題なし。距離的には、投げっぱなしで問題無く当てれるね。ならば――」
  ――インスタント・ウェポン!
 次の瞬間、お嬢様の手には魔術的に即席で作られた投げ槍が握られていました。周囲に漂う魔力を練り上げて造られた武器はものの数分で再び魔力へと還元されますが、遠隔武器として使うならばかえって都合がいいとも言えます。
 そのまま美しいフォームで一投。投げ槍は勢いよく飛んでいき――
「ヒット、無力化を確認したよ。」
 必殺の一投ですらない素投げで一撃でした。まあ、ゴブリンシューターくらいならば、そうなりますね。
「……向こうがざわついてきたな。こちらの襲撃に気づかれたようだ。あちらの斥候が動き出しただろうな。」
 ナイドが事実と予測を伝えました。
「じゃあナイド、適当に引っ掻き回してきて。」
 お嬢様が適当な指示をナイドに出しました。
「承知した。」
 適当な指示を受けたナイドの気配が消えていきました。
「ならばこっちも、ひと暴れだね。」
「はい、お嬢様。 踊る相手としては物足りませんが、始めましょうか。」
  ――練気術・筋力強化!
 特殊な呼吸法により身体を強化したところで、タイミングよく妖魔の斥候が現れました。
「ゴブリンとオークか。一緒にいるとはちょっと珍しいね。ますます上位の妖魔の気配がするね。」
「お嬢様、私がオークを相手取ります。」
「任せたよ。」
 お嬢様との軽い意思疎通も済ませたところで、私が先に動き始めました。間合いを詰めてオークの注意を引き付け、即座に間合いを外します。――釣れましたね。
 オークが釣れた事で、ゴブリンに一瞬の迷いが生じました。その隙を縫って、お嬢様が槍の間合いにゴブリンを捉えました。
  ――二段突き!
 二段突きは多段系槍術の中では基本技ですが、お嬢様が放てば正確さも威力も十分なものになります。2か所を正確に貫かれたゴブリンは倒れて動かなくなりました。
 オークは手に持った棍棒で私に殴りかかってきました。緩慢な動作です。私は相手の攻撃の力を自分の力に加えた打撃をお返しする事にしました。
  ――カウンター!
 ナックルガード越しにも伝わる骨の砕けた感覚で、無力化を確認。数メートル吹き飛んだオークは、動かぬものになりました。

 その後も散発的にゴブリンやオークなどの低級妖魔と遭遇し、その都度倒していきました。一気に襲い掛かってくる事がないのは、ナイドの攪乱が上手くいっている証拠でしょうね。そうして10体程度倒したところで生きている妖魔との遭遇は打ち止めになり、代わりに遭遇するようになったのは首をはねられたゴブリンでした。この数体のゴブリンは、何に襲われたかさえ知ることもなくこと切れたでしょう。その当事者が、私たちに分かるように気配をわざと少し立てて戻ってきました。
「小物はこれで一掃しただろう。奥に小屋があったから、幹部がいるとしたらそこだろうな。」
 事も無げに戻ってきたナイドが情報を掴んでいました。――小物とはいえ、それなりの数に対して遭遇の仕方によっては、事故も起こります。その事故を起こすことなく確実に封殺する、その能力を重要視し、彼をパーティーに引き入れたのです。
「じゃあ、その小屋に向かおうか。さて、どんな大物がいるだろうね。」
 お嬢様の言葉を合図に、私たちは進行を再開しました。

「感知魔術に触れた! これは気づかれてしまったね。」
 小屋に近づきつつあるところで、お嬢様が言いました。
「どんな感知だ? それは範囲内を感知し続けられるものか?」
 即座に手を打つためか、すぐにナイドがお嬢様に問いました。
「いや、小屋を中心とした周囲ならば結構な広さだから、そこまでの感知は効率が悪すぎる。せいぜい、境界線を通ったものがあればわかる程度だ。人数すら察知してるか疑わしいよ。」
「ならばオレは、別行動で気配を消しておこう。攪乱の機会があるかもしれない。なければ挟撃する。」
 お嬢様の判断を聞くが早いか、ナイドの気配が消えていきました。
「ではお嬢様、私たちも進みましょう。」
「そうだね。」
 どうせ気づかれているのですし、私たちは堂々と小屋に向かいました。

 私たちの姿を見てなのか、小屋から3体の妖魔が現れました。
「感知魔術があったから術師であるゴブリンシャーマンがいるのは予想の範囲内として、あとはゴブリンリーダーとトロールか。」
 敵の姿を見て、お嬢様は即時に正体を看破しました。術師、指揮能力のある戦士、筋力馬鹿とは、なかなかバランスのいい組み合わせではないですか。
「カティア、ひとまずトロールと当たっていてくれないか?」
「問題ありませんが、お嬢様がトロールでは無いのですか?」
 筋力馬鹿かつ体力馬鹿のトロールは、通常の打撃ではなかなか致命打にはなりません。お嬢様の属性魔槍の方が相性が良いはずです。
「うん、途中でスイッチする。カティアならトロールの一撃を仮に捌き損じても耐えられるだろうけれど、わたしがミスするとマズいことになるかもしれない。だからカティアが先に当たって、相手の体勢が崩れたらわたしが一気に決めに行く。」
「分かりました。では期待していて下さい。確実に崩します。」
 お嬢様が私の耐久力を評価して采配したのです、これは期待に答えねばなりません。
  ――練気術・装甲強化!
 魔力の装甲を身にまとい、私は一気に距離を詰めてトロールに肉薄しました。遠くない場所で、金属がぶつかり合う音。お嬢様の槍とゴブリンリーダーの剣が火花を散らし始めました。
 トロールの巨大な棍棒が、うなりを上げて風を切ります。その威力は脅威ですが、幸い技術はそれほどでもないので、たまたま鋭い一撃が来てしまわない限りは攻撃を捌いていく事ができます。ただ、お返しとばかりに打っている牽制のジャブ程度では、やはり当たっても有効打になりません。
 この均衡を崩しにかかる、詠唱が聞こえてきました。ゴブリンシャーマンが、補助魔法か妨害魔法かを行使しようとしているのでしょう。ですが、その詠唱は完成しません。残念ながら一撃無力化とはいかなかったようですが。ナイドの剣を杖で防がざるを得なかったゴブリンシャーマンが怨嗟の叫び声を上げました。そして戦闘は、見かけ上は均衡に戻りました。
 その次の出来事は、想定の範囲内の事故、トロールのクリティカルでした。捌ききれない鋭い一撃が、私に迫ります。意識を受け流しから衝撃軽減に切り替え、その一撃を受けました。私の身体が軽々と宙を舞います。ただそれは、そうする事でダメージを最低限に抑えたためで、防御に使った左腕が多少痺れますが、練気術の装甲の効果もあり、戦闘続行に支障はありません。
 私を宙に飛ばしたトロールが取った行動は、私に背を向け、ナイドの剣に防戦を強いられているゴブリンシャーマンを助けに戻る事。……それは私を甘く見過ぎです。
  ――練気術・気弾!
 振り抜いた右の拳から放たれる魔力の弾丸。それを後ろから受けたトロールには大したダメージにはならなかったものの、背を向けてはならない相手である事を知らしめるには十分でした。怒りに燃えたトロールは、再び私に殴りかかってきました。
 その少しの猶予で、状況を確認しました。お嬢様はゴブリンリーダーの間合いの外から槍で少しずつ相手の体力を削っているようで、優勢ですね。ナイドはゴブリンシャーマンの詠唱を許さず、相手を確実に防戦に追い込んでいます。では後は私が、この均衡を崩すだけですね。
 怒ったトロールの攻撃は、威力がさらに増しているように見えるものの、大振りが目立つようになりました。気弾でさえ有効打撃にはなっていないことから、自分の身に降りかかる脅威は無いと判断したのでしょうか。そろそろ頃合いですね。
  ――練気術・寸勁!
「グガァ!?」
 トロールの口から洩れる短い悲鳴。トロールの分厚い肉による防御力であっても貫通し、内部にダメージを与える技をまともに受けては無事ではすみませんよね。
「お嬢様!」
「ナイス、カティア!」
 その機をずっと狙っていたお嬢様と交代すべく、今日一番の踏み込みでゴブリンリーダーに突撃。相手の間合いが槍から拳へといきなり変わった事に対応できず、私の間合いまで侵入を許してしまったゴブリンリーダーは、拳での連撃を前に防戦一方になりました。
  ――魔槍術・火炎槍!
 お嬢様の槍が魔力の炎を上げ、トロールの身体を貫きながら焼いていきます。体勢を崩したところに炎の槍を続けざまに受け、ついにトロールは炎上し、崩れ落ちました。フリーになったお嬢様はもう、止まりません。
「カティア、横槍入れるよ!」
「はい、お嬢様!」
 私はお嬢様の攻撃に合わせ、フェイント&スウェーバック。釣られたゴブリンリーダーは、横側が無防備になりました。
  ――乱れ突き!
 一撃が必殺の威力を持つ突きが、雨が降り注ぐが如く押し寄せる大技です。使用者が無防備になりますが、脅威が封殺されたこの状況で何の問題があるでしょうか。たちまちゴブリンリーダーはハチの巣にされました。
 さらに、お嬢様が槍を放り投げました。槍はナイドに行動を制限されているゴブリンシャーマンの頭上へ向かい――
  ――魔槍術・雷撃衝!
 雷撃をまとった槍の一撃が、ゴブリンシャーマンの頭上より一閃。あとには串刺しになった挙句に電熱によって焦げた、変わり果てたゴブリンシャーマンが残るのみでした。
「最後のはオーバーキルではないか?」
 攻撃を察知して早々に退避していたナイドが少しあきれたように言いました。
「確かにそっちはカティアに任せたりしても良かったんだけどね、カティアは一撃もらってたから、わたしがやっちゃおうかとね。」
 あ、これ、トロールが私にダメージを負わせた事に怒ってた奴ですね。魔力にはまだ十分に余裕がありますので、大したダメージではありませんが治療しておきましょう。
  ――練気術・回復力強化!
 通常の回復術ではありませんが、時間に余裕があり、大したダメージでもない今回のような場合にはこれで十分でしょう。
「小屋の中には、奴らの戦利品がある以外には取り立てて大したものは無さそうだな。」
 その間にナイドが手早く小屋を調査して言いました。
「そうか。じゃあ、それらの物品と、討伐の証拠を持って帰ろう。」
 お嬢様の言葉を合図に、帰還の準備を始めました。

 帰るまでが冒険と言いますが、帰り道には特に何事も発生しませんでした。不測の事態に備えて常に余裕は残していますが、何事も無いというのは良い事です。そうして私たちは、依頼を受けた冒険者ギルドへと戻りました。


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