「ある日の偵察副隊長」

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「トエフ副長、時間です。」
オレが部屋で待機していると、軽装の若い兵士が声をかけてきた。
「僕のことはファントでいい、と言わなかったっけ?」
「それは何度も聞いていますが‥‥。そんな事より、時間です!」
まあ、部隊が時間に厳しいのは当たり前だな。
‥‥まあ、急ぐ理由はそれ以外の所にあるのだが。
「わかっているよ。」
オレは立ち上がりながら剣をベルトに固定して背負い袋を背負った。
「ロディ。‥‥ソニアは?」
「もう所定の場所にいますよ!」
やはりな。5分前に行かないと彼女がうるさい。
「じゃあ、急ぐか!」
お小言を言われたくないオレ達は、急いで部屋を後にした。

――オレはファン=トエフ。前レス王国の偵察兵だ。
‥‥というのは最近の話で、以前はもっと危険な仕事をやっていた。
3年ほど前からこの仕事になったのだが、ちょっと王家の者からの特殊任務をこなしているうちに、副隊長{こんなポスト}にされてしまった。
昔に比べたら大した仕事では無かったような気がするのだが、結構な功績という事にされていたらしい。
それ以来、どちらかというと特殊任務の多いオレは、あまり部隊にいない副長という妙な立場になったわけである。
だから通常の仕事に戻ると、扱いは他の兵士達とあまり変わらない。
今回もこうして普通に他のメンバーと組むことになったわけだ。
‥‥律儀に副長と呼ぶ奴は多いが。

「ファント副長、できればもう少し早く来て頂きたいのですが。」
言うまでもなくソニアである。彼女は普段オレを副長とは呼ばないが、今は敢えて付けているのだろう。明らかにわざとらしい。
「あれ?僕は5分前に来たはずだけど?」
「何もわざわざ5分前ちょうどに来なくてもいいじゃないの!」
「副長‥‥狙ったんですか?」
ロディから聞かれた。
「いや、僕はそんな正確な時間感覚は持っていない。偶然だよ。」
「ふ〜ん‥‥偶然ね‥‥。」
疑われたか。まあ、それも当然だな。
待機場所からここまで、いつもの調子で歩いてかかる時間は秒単位で知っている。
出発時間を合わせれば、到着時間を合わせることができる。
オレは時間感覚自体は無いが、正確なペースで歩くことはできるからな。
「それより、メンバーも揃った。今日の任務の確認をしよう。」
『了解。』

オレが所属するこの偵察部隊は、戦いがあれば当然偵察の任務を遂行するが、それ以外の時にも任務はある。
オレの場合は特に、隣国や船なら近い国などへ行きその状況を見てくるようなものもある。
また、調査の任務もある。この国の中でも未確認の地はあるし、妙な噂が立ったときにも仕事が廻ってくることがある。
時には見張りの代理なんて事もある。
戦いがそこまで多くは無いので、どちらかというと治安維持の方の仕事が全体的に多いわけだ。
で、オレ達は内密に済ませたいことや少人数が適した仕事の時によく駆り出されるわけだ。

で、今回の任務は調査である。
既に調査済の遺跡があるのだが、そこから最近妙な音が聞こえるという話があるのだという。
どういう経緯かは知らないが、それがここまで廻ってきたらしい。
オレは既に、その遺跡の調査ファイルの内容を頭にたたき込んである。
主に地図の部分を。

「‥‥というわけで、今回はこの遺跡の再調査ね。」
「早速向かいましょうか。」
「ああ。」

――二時間ほどで遺跡についた。ここで一度小休止を取る。
ロディは調査ファイルを開いていた。
オレは今のうちに、外観だけ見ておくことにした。
以前の仕事では、よく外観から中を推測したものだ。
今でもその方法は良く使っている。まあ、それに頼りすぎたりはしないが。
「そろそろ、始めましょ。」
ソニアの言葉で、小休止は終わった。

妙な音と言うが、オレにはまだ聞こえて来ない。
オレに聞こえないということは、殆んどの人には聞こえないという事である。
だから取り敢えず音のことだけは覚えておいて、遺跡の調査のやり直しをすることに専念することにした。

「フローライトリングよ、辺りを照らせ!」
ソニアの声と共に、周囲が照らされた。
彼女の持つ魔法の指輪の効果である。
遺跡の中は暗く、探索には明かりが欲しいくらいであった。
「便利ですよね、それ。」
ロディが羨ましそうに言った。
だがオレは、声を出す必要のある事は大きなマイナス要素だと思った。

この遺跡は大きく分けると前(門の方)から後ろへ向かって3つの部分に別れているようで、取り敢えず前の部分を探索した。
造りは昔の砦といった感じである。
特に何も声の正体となりうる物は見当たらず、次の部分へ進むことにした。

  ザ‥‥。
何か、聞こえた。
オレは立ち止まり、身構える。
「ファント?どうかしたの?」
ソニアはいかにも『?』な表情を浮かべている。
が、ロディは素早く剣を抜いた。
「ソニアさん!‥‥副長は、並じゃない聴覚を――」

それは、上から現れた。
まだ身構えていないソニアを狙って、錐のようなものが襲い掛かる!
  キィン!
近くにいたロディが、ギリギリでそれを弾き返した。
相手の全貌が、露になる。
――それは、奇妙な物体だった。
形は人間に見えなくもない。だが、それは無機質なパーツの組み合わせである。
子供の落書きのような球状の頭に、布に覆われて良く分からない胴体。
円錐形の両手に、車輪の両足。それが、カクカクと動いている。
そんななりをしているくせに、素早い。
「‥‥魔法生物か。どうりで静かなわけだ。」
オレは黒い剣を抜き、構えた。2人もそれぞれ構えを取る。
「ありがとロディ、助かったわ。」
構えを崩さず、ソニアが礼を言った。

2人の構えは、この大陸の中部に広まっている剣術のそれである。
兵士に広く使われる剣術で、どちらかというと守りに適している。
ロディが攻撃を弾けたのもその賜物だろう。
だが、オレのは違う。オレが使うのは、攻撃的な剣術。いわば、殺すためのものだ。
故に剣で防御することは少なく、相手に一撃を入れることに重きを置く。
武器で防御したなら、脚や逆手、肘などでカウンターを入れる。
だから、守るのは得意ではない。やればできないことはないが。

魔法生物。つまり、魔法によって仮初めの生命を吹き込まれた存在である。
多くの場合、ガーディアンにされている。もしくは、その魔術師の補佐役か。
何にせよ、襲い掛かって来るのだ。停止させてやることにしよう。
――第2撃。奴は『崩れた』構えを取ったオレに向かってきた。なかなか速い。
オレは横に飛び退き、その突進を躱した。‥‥速いが、人工的なものを感じた。
「副長!」
「問題ない。それより奴の動き、速いが直線的だ。それを狙えばいい。」
「へえ、さすがファントね。ただじゃ攻撃を見ないってのは、本当みたいねっ!」
  キィンッ!
第3撃は、ソニアが剣で弾いた。
‥‥そろそろやるか。
オレは、大きく構えを崩した。当然のように、奴はオレに向かってくる。
‥‥やはりな。
「ファント!?」
ソニアが驚きの声を上げているが、構っている余裕までは無い。
奴の円錐の手が、伸びてくる。それを左手の手甲でそらし、脚を蹴り付けた。
  ズガシャアッ!
突進の勢いは止まらず、まともに激突した。奴の硬い体は少々痛い。
  ザクッ‥‥ザンッ!
2人が、奴を停止させた。
「全く、なんて無茶するのよ!」
‥‥怒られた。まあ、当然か?
「相変わらずですね、副長。‥‥いつもながら思うんですが、そんな危険な攻めの剣術、いったいどこで習ったんですか。」
ロディはオレの戦い方を以前から知っていたから、あきれるだけか。
「ロディ、ファントはいっつもこんなんなの!?」
「こんなん、とは心外だなぁ。多少アレンジしたけど、これでも立派に系統だてられた剣術なんだけどなぁ。」
ああ、アレンジしたのは、対モンスター用の部分。
この剣術は、元から相手を倒すことしか考えていない。
「それより、魔法生物が出てくるとは思いませんでしたね‥‥。
これで終わりとは、思わない方がいいですね。」
「そうね‥‥気を付けなきゃ。」
オレ達は先ほどより慎重に、奥へ進んだ。

  グルルルルル‥‥
うなり声のようなものが、聞こえた。
「はぁ〜、厄介な奴がいそうねぇ。後で特別手当を請求しなきゃ。」
「援軍の要請は無しですか?」
ソニアのつぶやきに、ロディが問う。
「どうせこんな遺跡の中じゃ、人数が多くなっても大差無いでしょ。
相手を見てからでも遅くはないわ。」
「じゃあ、ここからは『合図』で行くか?」
「それだと明かりは消したほうがいいと思いますよ。」
「‥‥このまま行きましょ。」
それは正面から相手と当たる覚悟があるということかい?ソニア。

中段の探索が終わる。やはり、うなり声?は後段から聞こえてきている。
そこには扉が一枚。その向うは、広間である。
「入っておいでよ。‥‥歓迎するよ?」
「!!」
ばれていたらしい。何らかの魔法で観察されたと見るべきか。
ソニアが慎重に、扉を開けた。

中性的な少女が、奥の椅子に座っていた。
隣には、唸り声の主であろう、双頭の狼が座っている。
「ボクはティリカ。ボクのテリトリーにようこそ♪アレを簡単に壊しちゃう人間なんて、なかなかいないよね。楽しみだな♪」
‥‥魔族、か。ところどころに、そんな特徴がある。
「こんなところに何しに来たの?お嬢ちゃん。」
ソニアが言った。
「キミ達みたいな人が来るのを待ってたんだよ?ほら、隣のおにーちゃん、もうやる気満々だよ?」
ティリカの言う通り、ロディは既に構えている。
かなり警戒しているようだ。隣の狼が、特に彼の警戒心を呼び起こすのだろう。
‥‥警戒するのは正しいが、方向は違う。
危険なのは、狼よりティリカの方だ。
明らかに彼女は、あの狼を使役している。
さて、危険な仕事になってきたな。
「じゃあ、行くよ〜♪」
こちらの有無を待たず、戦いは始まった。

「フェンロス、かかれ〜!」
ティリカが狼に命令を下した。それがその狼の名前か。
フェンロスと呼ばれた双頭の狼は、オレ達の方に向かってきた。
さて、オレがやるべきことは決まっている。
オレは一度大きく迂回をし、一気にティリカとの間合いを詰めた。
「副長!?」
ロディが驚いたように言った。
「こっちは何とか食い止めておくから、そっちを2人で何とかしてくれ!」
「分かったわ。‥‥さあ、何とかするわよロディ!」
ソニアから頼もしい返答が聞こえた。
さあ、問題はこっちだ。
「なかなか速いねおにーちゃん。でも、ボクを甘く見てもらいたくないな〜‥‥。」
そんなことはしていない。むしろ逆だ。評価しているからこそ、1人で当たることを選んだのだからな。
「ライトニング☆ボルト〜!」
「くっ!」
ティリカの稲妻の魔法がほとばしるのを、オレは何とか躱した。

  ゴオォォォ‥‥!
双頭の狼が2人に向かってブレスをはいた。
一方は炎の、もう一方は氷のブレスだ。
2人はそれを横に跳んで躱した。彼らも偵察隊の一員。さすがに身軽だ。
多分、ある程度は読んでいたのだろうが、それを差し引いても良い動きだ。
次の瞬間、ソニアは一歩引き、ロディが間合いを詰めた。
「はっ!」
  シュンッ!
ロディが斬撃を放つ。が、双頭の狼は動物特有の動きでそれをやり過ごし、ロディに飛びかかった。
彼はブレスを躱したのと同じ要領で、突進のコースから飛び退いた。
  風の刃よ、我が前に立ち塞がりし者を切り裂け‥‥
「ウィンドブレード!」
ソニアが魔法言語の詠唱を終わらせ、風の刃を飛ばした。
  ヒュワンッ!‥‥ズバァッ!
風の刃は、双頭の狼にまともに命中した。
‥‥素早いもの同士の戦いは、先に攻撃が当たった方がかなり有利になる。
だからこそ、詠唱に多少時間はかかるが躱しづらい風の刃を放つために、ロディが引き付けていたのだ。
  グガオォォ!
だが双頭の狼は多少動きは鈍ったもののひるむ様子は全くない。
彼らの戦いは、これからが勝負だ。

オレとティリカの攻防はその間も続いていた。
オレが間合いを詰め続けているため、彼女は長い詠唱はできない。
だが短い詠唱でもそれなりの魔法が来る。なかなかに油断はできない。
‥‥いや、どんな相手であろうと油断する気は更々無いが。
「フレイム☆レイッ!」
「ふっ!」
つい先ほどまでオレがいたところを、炎の線が通っていく。
どうやらコイツは、放射系の魔法が得意らしい。
と、ティリカがふとオレから目を離した。
理由は分かっている。彼女の狼が風の刃を受けたのだ。
オレの体はそれを逃さず、次の瞬間には諸手突きを放っていた。
  ズッ!
彼女の反応は一瞬遅れたが、狙った場所はさすがに外された。
それでも、剣は彼女の左肩に刺さった。
「きゃあっ!‥‥痛いじゃないか〜っ!」
当たり前だ。
オレは気を引き締めたまま、追い撃ちの斬撃を放つ。
フッと、彼女の姿がその場から消えた。
その瞬間、彼女はオレから3mほど離れた場所にいた。
‥‥『ブリンク』――瞬間移動魔法を利用した回避術――か。厄介な。
  魔の力よ、ボクの手に集まりて刃となれ‥‥
「本気で行くよ‥‥フォース・ブレードッ!」
彼女の手に、魔力で出来た刃が形成される。かなり斬れそうだ。
「これで全て斬ってあげるよ‥‥覚悟はいいよね?」
こういう刃は、下手に剣で受けると危ない。剣もろとも斬られる事もあるからだ。
が、そうも言ってられない速度で刃が繰り出された。
――なるほど、確かにこれは、本気だな。

双頭の狼とロディ達との戦いは、半ば削り合いになっていた。
狼の方は何カ所も傷ついてはいるが、致命的なものは無い。
一方ロディとソニアは大した傷は負っていないものの、かなり体力を消耗している。このままでは、危ない。
「はあ、副長のまねだけはしたくなかったんですけどねぇ‥‥」
ロディが突然言った。
「ファントのまねって何よ?‥‥まさか!」
「援護して下さいね‥‥!」
ロディが構えを変え、突進してきた狼に正面から突っ込んだ。
「ちょっ‥‥!」
  風よ、彼の身を守れ‥‥!
「ウィンド・スクリーン!」
ソニアはとっさに防御魔法を唱えた。これは、受けるダメージを軽減するものである。
「うああああぁっ!」
――次の瞬間、ロディは両肩を噛みつかれていたが、彼の剣は狼に深く突き刺さっていた。
それはオレが得意とする、カウンターの突きそのものだった。
召喚されていた双頭の狼は、元の世界に帰るようにこの場から姿を消した。

‥‥魔力の刃が迫ってくる。普通の剣で受けたならば、剣ごと斬られてしまうだろう。
  ガキィィン!
だがオレは、迷うこと無くそれを剣で受け止めた。
「な、なんで止まるのよ〜っ!」
ティリカは明らかにうろたえている。
「そういう事は、相手の剣を見てからやるんだな。」
そう、オレの剣は普通ではない。これは砕けない剣なのだ。
そのためにオレは、大きな代償を払っているのだからな。
「!‥‥なんでそんな普通の剣にそんな魔力のポテンシャルがあるの‥‥!?」
「さて、第2ラウンド、始めようか。今度は、3対1になるけどね。」
防御魔法のおかげで大した怪我にはならなかったロディと、怒った顔をしたソニアがオレの方に駆け寄ってきた。
「う〜、面白くない!‥‥分かったよ、帰る!ボクが帰ればそれでいいんでしょ!」
こちらの返事も待たず、ティリカは瞬間移動魔法か何かで帰っていった。

「さて、これで僕らの仕事は終わりかな?」
「思った以上に大変な仕事でしたね。」
オレの言葉に、ロディが返してきた。全く、同感だ。
帰ったら、特別手当を貰うことにしよう。
「全くもう、2人して無茶ばかり‥‥!」
ソニアはご機嫌斜めらしい。オレ達は別に、無茶ばかりした覚えは無いのだが。

‥‥だが結局オレ達は、帰りの間中ソニアの小言を聞かされ続けたのだった。

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