「優しい陽光と深緑の草原」

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「ここが、前レス王国‥‥。」
私は、国境の門の前に立っていた――

それはもう、6年前の話。


広い草原の中で、無邪気に遊ぶ自分――
それが彼女の古い記憶の中で、一番鮮明なものである。
母親はそこで、花冠の作り方を教えてくれた。
父親はそこで、草笛の吹き方を教えてくれた。
幼かった彼女には、どちらも上手くできなかった。
けど、それでも彼女は楽しかった。
――初夏の日差しの中にあった、幸せな時の流れ。


彼女は大きい家の元で生まれ育った。
そして彼女は、近くの私立の学校に入った。
理由は案外、一番近かったからかも知れない。
だがそこは、名門の学校だった。――いろいろな意味で。
そこに入れたのは、学者の両親譲りの頭の良さゆえだろうか。
とにかくそこで、彼女は学んだ。
様々な学問や、礼儀作法。他にもいろいろあった。
細剣術なんてのも、その1つだった。


波乱は突然やってくる。
彼女はある日、突然高熱で倒れた。
意識を取り戻したとき、彼女を知る者は殆んどいなくなっていた。
高熱で倒れたのは、彼女だけでは無かった。
恐ろしい伝染病が、その地を襲っていたのだ。
――彼女が助かったのには、こんな経緯がある。
彼女が倒れたのは帰り道。そこで通りがかりの治癒師の処置を受けた。
それはまだ、伝染病が広まる少し前の話。
その時その治癒師は、「念のため」と、調合薬を1つ、彼女に与えた。
それがその後の伝染病から彼女を守ったのだった。
‥‥だが、彼女はひとりぼっちになってしまった。
彼女は泣きつづけた。
何日泣いたか、覚えていないくらい。


『ルディア=リアラ=ローレンス様』
一通の、手紙が届いた。
『はじめまして、ルディアちゃん。私は、カトレア=グラリーフ。
あなたの両親の昔の研究仲間なの。特にあなたのお父さん、
ジュリアス=K=ローレンス君とは長い付き合いだったわ。
ジュリアス君とレティーナの事は聞いたわ‥‥。
私からかけてあげられる言葉は何もないけど‥‥もしこれから、
することが何も見つからなかったら、良かったら私の所に来てみない?
ちょっとあなたの所からは遠いところなんだけど‥‥。
私がしているのは、薬学的な研究よ。私の所、ずっと人が足りないの。
治癒には魔法があるから、人気がないのよね。興味があったら、返事をちょうだい。
別に見にくるだけでもいいから。すぐに迎えに行ってあげるわ。』
――彼女は迷わず筆を執った。


「久しぶりね、ルディアちゃん。」
彼女が今日の研究の事をノートにまとめていると、後ろから声が掛かった。
良く通り、それでいて優しい声。
「お久しぶりです、グラリーフ先生♪
‥‥でも病院の方のお仕事、休んでしまってよろしかったのですか?」
カトレアはルディアが研究者の資格と薬草師の資格を得ると、
「やっぱり直接患者の声が聞きたいわ」といって病院の方に職場を移った。
ルディアも何度か呼ばれて病院に手伝いに行ったが、ここしばらくは会っていなかった。
カトレアはくすりと微笑むと、ルディアのノートを手に取った。
「増えたわね‥‥。もう私もこっちじゃあなたにはかなわないかな。」
「それでも先生は私の先生ですよ。」
その日2人は、時が過ぎるのを忘れて語り合った。


私は1人、高台に佇んでいた。
ふいに足下を、初夏の風が吹き抜けた。
風に吹かれた草が、サァッと音を立てる。
遠い日の草原を思い出し、少しだけ、ほんの少しだけ涙がこぼれた。
思えば6年前のあの日も、同じ風の匂いがした。
風に吹かれて揺れる草の音と、初夏の日差し。
あの思い出はもしかするとこの国での事だったのかも知れないと、今になって思う。

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